強育

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私が子どもの頃の社会は、高度経済成長時代に入った昭和でした。

学校は、規律正しくきちんと勉学に励む事。努力、鍛練、根性、負けるな、の教えでした。

小学生の頃の私は、自他共に認める優等生タイプ。先生達の指示についていけましたが、ついて来にくいクラスメートが数名いました。

私は心の中で、優越感を覚えていました。私はあの子達とは違う、と思っていました。

しかし、私が持っていた優越感は、中学、高校と進むにつれ、私の首を絞め始めていきました。
「分からないから教えて」
と周りに助けを求められなくなっていったのです。そして、段々と私は、孤独になっていきました。テストの成績も落ちていきました。

今にして思うと、彼らが何を苦手としていたのか、どうしたら分かるようになるのか、クラスの皆でアイデアを出し合って、協力していく方法もあったと思います。

友達の苦手な事を、皆で考えてカバーし合う。

当時の私には全く無かった発想です。周りの大人や先生達からの提案もありませんでした。
だから、子どもも、協力や労りの気持ちに気付くはずが無いのです。

小学校も競争社会だったのですから。

教育とは何なのでしょうか。漢字の通りだと教えると育む。
私は、何を育まれてきたのでしょうか。

負けるな、を教えられた子どもは数年後、孤立していきました。
負け組、と思われていた子どもは自信を持てず、孤立していました。
どちらも苦しくなってしまったのです。

教えると育む、この2つが上手く組み合っていかないと教育は、競争の気持ちを育てる事になってしまうと思います。
教える事に偏ってしまうと、強育、さらに進むと狂育になっていきます。

育むとは、目に見えない心や才能を大切に育てることです。

今の社会や学校生活に苦しさが感じられるのは、育む事をないがしろにしてきたツケ、の様に私には思えます。

育むには時間がかかります。効果がいつ現れるのかも分かりません。
でも、ゆっくりと丁寧に向き合えば、必ず才能の芽は出てきます。
そして、才能は一人ひとり、誰もが必ず、自分だけの物を持っているのです。

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