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「なぜ空は水色なの?」「なぜ雨が降るの?」
あなたは子どもの頃、こんなふうに、なぜ?なぜ?と思いませんでしたか?
他にもいろんな事を疑問に思って、身近な大人になぜ?と尋ねたら
「そんなの、当たり前だからよ」「子どもが余計なことを言うもんじゃない!」
と怒られた経験…ありますよね。
小さな子どもにとって大人から、特に親から𠮟られると、気持ちがしゅん、と落ち込みますよね。
反対に褒められると、もう嬉しくて嬉しくて。
これをしたら(これを言ったら)不機嫌になる。怒られる。これをしたら(これを言ったら)機嫌が良くなる。褒められる。
段々と、頭の中で計算して行動した事、ありますよね。
私がそうでした。いつの頃からか親の機嫌を伺い、自分は我慢するようになっていきました。
我慢すると、他人に譲ると、言われた事をちゃんとすると、褒められたからです。
褒め言葉と一緒に「あなたはもうお姉ちゃん(お兄ちゃん)なんだから」「もう○○歳なんだから」と言われると、効果バツグンですよね。
私は、親や先生達の言動に、知らず知らずがんじがらめになっていきました。
褒められる自分は偉い、と思っていたのです。
他人からの評価が高い事が、自分の存在価値になっていきました。
さて、大人達の目線で【いい子】だった私は、どうなっていったのでしょうか。
当時7歳だった頃、祖父母宅に親戚一同、泊りがけで集まった夜の事です。私は広告紙で紙飛行機を作り、遊んでいました。
その飛行機を見て、1歳年下の従妹が、欲しいと泣き出したのです。
私は親から「○○ちゃんにあげなさい。あなたはお姉ちゃんなんだから。」と言われて、内心イヤイヤながら従妹にあげました。
褒められる為にやる、が心の土台だった私は、自分の本当の気持ちを押し隠したままでした。
「イヤだ!これ私が作ったんだもん!」「○○ちゃんも自分で作ればいいじゃない!」
そう叫んで、強要された事に対して泣いて抗議しても良かったのに、出来ませんでした。
対して私の妹は4歳の頃、お気に入りのおもちゃを親に黙って捨てられて、大泣きして抗議しました。手足をばたつかせ、それが窓硝子に当たり割ってしまったとか。妹の方が余程、健全な子どもではないでしょうか。
大人達に抗議出来なかった私は、優等生のレールを一直線に走ることになります。小学生の頃は優等生が十分に通用しました。
でも、進路、進学を考える年代になると、何を選択するのが正解なのか全く分からなくなっていきました。
優等生でなくなった私に親は「真面目に勉強してるの?」と言いました。
子どもの頃の優等生は、危ういものです。
7歳の頃に戻れるのなら、今度こそこう叫びたい。
「私が言えない気持ちに気付いてよね。大人ってなんで子どもの気持ちに気付かないの?ねぇなんで?」
あなたには今、叫びたい事はありませんか?もし、辛かったり、イライラしている事があれば…
私と一緒にその気持ちを紐解いていきませんか?
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